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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)4487号 判決

原告

村上幸司

右親権者父

村上清

同母

村上妙子

右訴訟代理人弁護士

上坂明

谷野哲夫

水島昇

黒田建一

永嶋靖久

能瀬敏文

被告

大東市

右代表者市長

西村昭

右訴訟代理人弁護士

俵正市

重宗次郎

苅野年彦

草野功一

坂口行幸

寺内則雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一  当事者の申立て

1  原告

被告は原告に対し、一二七万三〇四〇円とこれに対する昭和五六年六月二八日(以下「昭和」を略す。)から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

仮執行の宣言

2  被告

(一)  主文と同旨

(二)  原告の請求が一部でも認められるときは、担保を条件とする仮執行の免脱。

二  当事者の主張

1  原告

(一)  原告は、五六年六月二七日午前九時二〇分頃、大東市立四条北小学校プール(以下「本件プール」という。)で六年生の体育授業として水泳指導を受けていたとき、次の事故にあつて、頭部打撲、第五・六頸椎圧迫骨折、頸髄不全麻痺等の傷害を受けた。

即ち、原告は、同校教諭森川・泉・柳原・福田・高橋(旧姓玉田)の指導監督のもとに右プールサイドの飛込台から飛び込んだところ、プールのコンクリート床に頭を打ちつけた。このため、前記受傷をし、事故当日から同年九月九日まで二カ月余の間、野崎病院で入院治療を受けた。

(二)  被告の責任

(1) 被告は、本件プールを設置・管理しているが、右プールには次のかしがあり、設置・管理義務に欠けていた。

ア 本件プールは、小学生の水泳指導用のために設置された縦二五m、横一〇mのものであるが、深さは一〇五cmと浅い。ところが、原告の身長一五九cm、しかも、高さ約三〇cmあるプールサイドの飛込台(水面から約六五cm(水面からプールサイドまで三五cm、飛込台は約三〇cmの高さ)から飛び込ますのであるから、本件のような事故発生は充分予測できた。本件プールはこのように安全性に欠ける設備構造のものであつた。

イ 被告は、本件プールが右のように危険度が極めて高かつたのであるから、飛込台を除去させる等適切な措置をすべきであつた。ところが、これをせず、管理面においても欠けていた。

(2) また、前記五教諭らにも次の過失があつた

ア 児童の水泳練習を指導監督するものは、児童の生命身体に危険が及ばないよう留意し、事故の発生を未然に防止すべき義務があるこというまでもない。殊に、飛込みは危険であり、まして、前記のような状態のもとで、本件プールの飛込台から飛び込ませるときの危険性は非常に大きいから、指導者は、飛込み方法についてその方向・角度等具体的、かつ、各児童に応じた個別的に適切な指導をし監視をすべきであつた。

ところが、右教諭らは事故当日、六年生の全児童約二〇〇名を、準備体操後一せいにプールに入れて水に潜らせ、ついで、約二〇名毎にプールの縦コース沿いに一〇mを往復させたのち、ただ、「どんな泳法でもよいから、飛込んで二五メートル泳ぎなさい。」とだけいつて、七名ずつ飛込台から飛び込ませたのである。その際及びそれ以前の授業でも、飛込法とか泳法につき模範演技による指導はもちろん、口頭による指導も行われたことはなかつた。

イ 右教諭らは被告所属(教育)公務員で、その行う教育行為は公権力の行使に当たり、前記事故及び受傷は、右教諭らが右行為を行うに際し、前記過失によつて生じさせたものである。

(3) したがつて、被告は、国家賠償法二条一項又は同法一条一項により、仮に右いずれにも該当しないとしても、右教諭の使用者として民法七一五条一項により、原告が前記事故のため受けた次の損害を賠償すべき義務がある。

(三)  損害

(1) 原告が五九年五月三一日までの損害は治療費を除き、次のとおり合計一二七万三〇四〇円である。

ア 付添費計三〇万五〇〇〇円

(ア) 入院期間中の付添看護費二五万九〇〇〇円

三五〇〇円(一日単価・近親者)×七四日(入院日数)=二五万九〇〇〇円

(イ) 通院付添費四万六〇〇〇円

二〇〇〇円(同)×二三日(通院実日数)=四万六〇〇〇円

イ 入院諸雑費七万四〇〇〇円

一〇〇〇円(一日単価)×七四日(入院日数)=七万四〇〇〇円

ウ 通院交通費一万一四〇〇円

二四〇円(一日単価)×二三日×二名=一万一〇四〇円

エ 入通院慰謝料七八万三〇〇〇円六八万円(二カ月入院(重傷))+(一二六万円(三三カ月通院)―二三万円(二カ月通院))×1/10=七八万三〇〇〇円なお、右1/10は、実通院日数を考慮したもの。

オ 弁護士費用一〇万円

(四)  そこで、原告は被告に対し、右合計一二七万三〇四〇円とこれに対する五九年六月二八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告

(一)  答弁

請求原因(一)のうち、プールのコンクリート底で頭部を打つたとの点は争い、頸髄不全麻痺の点は不知、他は認める。

同(二)(1)冒頭記載の点は否認する。

同(二)(1)アのうち、本件プール設置目的及び縦・横、飛込台の高さの点は認め、他は争う。なお、原告の身長は、当時一五九cmではなく、一五二・七cmであつた。

同(二)(1)イは、争う。

同(二)(2)ア・イは争う。ただし、指導教諭が水泳、殊に飛込について十分配慮し、事故防止のため高度の注意義務を負つていることは認める。

同(二)(3)は争う。

同(三)・(四)は争う。

(二)  反論

(1) 本件プールは、縦(南北)二五m・横(東西)一〇m最深部一・一〇m、最浅部八〇㎝、南端の水深九〇㎝、北端八〇㎝、南北ともに中央に向つて徐々に深くなり、南端から四m部分が一・一〇の最深部となつている。南側のプールサイドは、水面から三五㎝の高さである。

本件事故当時飛び込ませていたのは右南側のプールサイドからで、原告が飛び込んでから水面上に顔を出した位置は最深部からやや南寄りの約一・〇五mの水深部であつた。

(2)ア 本件プールの右水深その他の構造は、小学校のプールとして深浅ともに標準型で、被告所属の他の一四小学校のものも最深部一・一〇mであつて、従前本件のような事故が生じたことはなく、本件プールにかしはない。ちなみに、大阪府下四一市町村の小学校のプールについてみると、最深部〇・九m〜一・一m未満六九(全体の一三・六%)、本件プールと同様一・一mのもの二一〇(四一・三%)、一・一二m〜一・二mのもの一八九(三九・一%)、一・二mを超えるもの四一(八%)で、本件プール同様のものが半数近くを占めている。

本件プールは、被告が四三年、被告設置の他校のプールの構造等を勘案して設置したもので、右大阪府下の例と対比しても極めて標準的なものである。

もつとも、原告が当時通つていたセントラルスイミングスクールのものの最深部は一・二m、それ以前に通つていたグリーンシティスイミングスクールのそれは一・三mであるが、これらのプールは、児童から一般成人まで共用のものである。このため、児童等使用時には水深を浅くするため補助具が使用されていた。右のとおりで、小学生を対象とするプールとスイミングスクールのプールとを同列に論じることはできない。

イ 本件事故発生当時、プールは満水ではなかつたにしても、ほぼ満水状態であつた。授業開始時は満水であつたのであるが、先ず約一〇〇名ずつが交互にプールに入つて頭までつかる等したので、絶えず給水しつづけてはいたが、ある程度は溢水による減量を補充し切れなかつたであろうと推測される。しかし、それは大した量でなく、ほぼ満水に近かつた。

(3) 原告主張のように、水泳、殊に飛込みは事故発生の危険率が高いため、指導教諭は充分配慮し、事故の発生防止に努めるべき高度の注意義務を負つている。このため、四条北小学校では、飛込みについてカリキュラムが始まる五年生から、最初の腰かけ飛込みから最終段階の飛込台からの飛込みまで段階的に、実技指導等を含めて履修させていた。原告もこの授業を受けている。なお、本件各教諭はいずれも五年時からのいわゆる持ち上がり担任である。

右教諭らは、六年生になつた原告らには、飛込実技の際本件事故時の授業はもちろん、その前の授業でも、常に、次のとおり、「逆飛び込み」の留意点を注意し指導していた。即ち、両手を、頭を挾むようにして真つすぐ伸ばし、顔を手と水平にし、両足で強くスタート台を蹴る、ということであつた。

しかも、原告は、五三年四月からスイミングスクールに通つて、当時選手育成コースに在籍し、水泳には習熟していたのであつて、右教諭の注意・指導を理解し、かつ、これに即した行動をする能力を十分もつていた。原告が飛込みに際し、右注意どおり、両手で頭・耳を挾むようにし、その手を前に伸ばしておれば、プールの底に直接頭部を打ちつけるようなことはなかつた。

なお、原告が、その主張のようにプールの底に頭を打ちつけたか甚だ疑問である。恐らく授業で指導されている「逆飛び込み」でなく、禁止されている「えび飛び込み」的飛込みをしたため、水面との衝突による衝撃で受傷したものと思われる。えび飛び込みは、習熟者がする飛込法で、危険を伴うため学校では禁止している。本件事故は、原告がえび飛び込み的飛び込みをしたため、頭部が前方に屈曲したまま水面と衝突し、その際の衝撃が、原告の小学生としては高い身長等であることが加わつて大きかつたことから、発生したものと考えられる。

仮に、プールの底に打ちつけたものとしても、右のとおり原告が指導に反した行為をしたことに基づく自身の過失に起因する受傷である。

(4) 右のとおりであるから、本件事故については、被告に責められるべき過失はない。

3  原告

再反論

(一)  被告は、本件プールが標準型に属するものでかしがないという。しかし、我が国の小学校児童の体位の向上のめざましいことは公知の事実である。この児童の体位向上をおいて従前の標準型であることのみをもつて何らかしがないという、被告の右主張は全く理由がない。現に、被告が標準的という全国のプールで毎年事故が発生し、死亡事故も十数例に及んでいる。

被告はまた、満水状態に近かつたというが、原告が飛込んだときは多数の児童が入つた後であつたためかなり減水し、危険度は余計に増していた。

(二)  被告は、飛込について「両手を、頭を挾むようにして真つすぐ伸ばし……」等と注意したというが、仮にそうとしても、ただ漠然と口頭で注意したに過ぎない。これでは、注意義務を果したとはいえない。

なお、原告は、小学生として極めて秀れた水泳の技能を有し、名古屋の競泳大会に参加したほどである。このような原告が、危険な飛込方をするはずがない。えび飛込みは、被告がいうような危険なものではない。しかし、原告は、右えび飛込もしていない。

えび飛び込みとは、身体を「く」の字型にして飛び込み、水に入る直前に身体を伸ばす飛込法で、距離を伸ばすためのものである。ただ通常より少し深く潜ぐるが、決して危険なものではない。技術的に高度な方法だけなのである。

仮に、原告がえび飛び込みをしたとしても、そもそも、高度の飛込技術を身につけているといつてもなお小学生なのであつて、プールの深さに応じて飛込み方を微妙に調整することまではできないから、指導教諭としては、未熟者に対するのと同様に巧みな原告の技能程度も把握して、具体的に実効のある指導をすべき注意義務があつた。ところが、前記教諭らは、単に悪ふざけさえしなければよいと軽信し、飛込台からの飛込希望者全てに飛込みを許し、各児童の技能程度を顧慮することなく、前記のとおり漠然と口頭で注意するだけであつた。

そこに、注意義務のけ怠があつたこと明らかである。

三  証拠〈省略〉

理由

一大東市立四条北小学校六年生であつた原告が、その主張の日時に、その主張の教諭らの指導のもとに本件プールで水泳実技の飛込をした際、受傷事故にあつたことは、当事者間に争いがない。

二本件プールの構造的かし及び当日の水量保持等の管理ミスの有無についてみる。

1  〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。

(一)  本件プールは、四三年設置された縦二五m・横一〇m(この点は、争いがない。)、最深部一・一〇m(満水位基準)・飛込台の高さ三五㎝(満水位面からの高さ)のもので、飛込台は南側のプールサイド上の東西に六個、右最深部はプールサイド南端から北方約三mの位置にある。なお、飛込台直下の水深は九〇cm、北側のそれは八〇㎝で、南北とも右最深部に向つて徐々に深くなつている。

被告は、その後四六年から五六年までの間に小学校十校にプールを設置したが、いずれも右規格にしている。そのうち飛込台の高さは、一校の五〇cmを除き、三〇㎝余から四〇㎝余である。

より広く、大阪府下の小学校についてみると、五二年度設置のものまでは右規定のものが大勢を占め、五三年以後設置のものから最深部一・二〇m〜一・三〇mのものが増え始め、五六年から五八年まで後者殊に一・二〇mが多数を占めるに至つた。しかし、五九年には再び一・一〇mのものが過半を占めている。もつとも、同年度設置の一・二〇mのものと一・三〇mのものとの間では、後者が八、前者が四となつていて、両者の合計一二、これに対し一・一〇mのものは一五である。

水面から飛込台までの高さは、被告設置のものと大体同様の三〇㎝台から四〇㎝台である。ちなみに、同府下中学校のものは、五九年設置分は、①一・二〇mのもの一、②一・三〇mのもの二、③一・三五mのもの一、④一・四mのもの三、同年度までの右各水深による設置分総計、①が八六、②が八二、③が二一、④が三六で、五八年以後設置のものは④の一・四〇mが多数を占め、六〇年には二プールとも④である。

ただ、最深部一三〇cmではあるが、飛込台の高さが小学校プールより概して高く五〇m台のものがかなりある。もつとも、飛込台下の水深は一一〇㎝が多い。

原告が通つていた、①セントラルスイムクラブ四条畷のプール(五五年九月建設)は、縦二五m、横一二・八m、飛込台側の水深一・一〇m、最深部一・二〇m、飛込台の高さ五〇cm、②グリーンシティスイミングスクールのそれ(五九年八月建設)は、縦二五m、横一三m、飛込台側の水深一・一〇m、最深部一・三m飛込台の高さ三〇㎝〜五〇㎝である。右①②のプールとも、児童、成人共用である。

(二)  本件プールでの水泳授業時には、使用中継続給水され、本件事故当日もそうであつて、原告ら六年生の授業開始時は満水状態であつた。しかし、約二〇〇名の生徒が一〇〇名ずつ、先ずプールに交互に入つて水に慣れ、ついで、南側プールサイドから順次各自の泳法で一〇m泳いだりしたので、引きつづき飛込実技に移つたときは、若干減水していた。とはいえ、右減水量はさしたることなく、これによつて、実技目的とされていた逆飛び込みをすることが危険というような状態ではなかつた。このことは、原告よりなお五、六㎝身長の高い児童四、五名を含めて、原告以外誰も右飛込みによつて受傷していないこと、及び当日前の授業時も全く同状態のもとで右飛込実技が行われたが、原告を含めて全員無事故であつたことがこれを示す。ちなみに、原告は、当時身長一五二・七cmであつた。

なお、前記セントラルスイムクラブ四条畷では、継続給水でなく、減水量に応じて随時給水している。そして、一せい入水は一五〇名までさせている。また、いわゆるえび飛び込み(〈証拠〉からみると、競泳選手がする「パイクスタート」を指すものと認められる。以下便宜上「えび飛び込み」という。)も泳者によつてこれを認められているが、それは技術的に高度の習熟者に限られている。教示され、練習を許されているのもそのようなレベルの技能を有する者のみである。他の者が真似て飛び込むことは禁じられ、見つかれば直ちに厳しい注意を受ける。右飛込の主要点を要約すると、①腰を「く」ないし「へ」の字状に曲げ、②足で飛込台を強く蹴つて、逆飛込みより相当大きい角度で飛び込み、③入水後速やかに身体を伸ばすと同時に手の角度を変えて水深を調節する(ただし、原告は、「入水直前に身体を伸ばす。」と主張し、また、供述する。もつとも、「入水時」のとり方の問題とも考えられ、実質上さして差異はないと思われる。)ということになる。このように、入水時の角度が大きいため、失敗すると、水中に深く入り過ぎてプールの底に衝突し、不測の事故を招くおそれがあるから、右のとおり厳しく規制されているのである。もちろん、小学校では禁じられていた。

2 右認定の事実によると、確かに児童の体位向上に応じたプールの構造、殊に、飛込(逆飛び込み)実技を行うことを前提とした場合の水深構造については、より理想的な構造(単に最深部の深さのみでなく傾斜角度等も含めて)のものを見出し、可及的速やかに実現することが望ましいことはいうまでもなく、これに沿うものとして近年本件プール(最深部一・一〇m)より深い一・二〇mプールがより多く設置されるようになつていることが認められる。しかし、好ましい施策の実行といいえても、これによつて直ちに本件プールに欠陥があることの証左とまでいえるものではない。また、前認定の事実によれば、水量確保その他の管理面でも手落ちがあつたとは認められない。

要は、指導の適否・指導法の問題といえる。体位向上に対応できていないプールの構造に事故の主因があるごとき見出しづきの新聞報道(甲二・四・五号証)にしても、その内容を仔細にみると、プールの構造自体というより、指導・監督面の問題であることを示唆していることがわかる。

三そこで次に、指導・監督上の過誤の有無についてみる。

1  〈証拠〉によると次の事実が認められ〈る。〉

(一) 原告は、自身主張するように、小学生にしては習熟した技能をもつていて、本件事故発生の六月に名古屋の競泳大会で行われた自由形の競泳にも参加したほどである。小学校三年のときからスイミングスクールに通い、水泳を得意としていた。したがつて、本件事故当日の水泳授業時には、予め教諭らから逆飛び込みの要領、注意事項を聞くまでもなく、それらのことを十分心得ていた。このようなわけで、原告との関係では、もともと、当日、教諭らが逆飛び込みについて右事項を教示したか否かは、問題とする必要がないといえる事情にあつた。意義があつたとすれば、それは、念には念を入れて注意喚起をするにしくはない、というほどのものであつた。そして、当日、右飛込み実技に先立ち、柳原教諭が、手を真つすぐに伸ばす、伸ばした手を両耳に当てる、顔を手と水平にする。足で強く飛込台を蹴つて前方に飛び込む、との注意を口頭でした。なお、当日の気温二五度、水温二四度で、児童らは、先ず準備体操として、ラジオ体操第一及び手首・足首並びにアキレス腱の体操をし、ついで、二1(二)のとおりプールに入つて水に慣れる等したうえ、飛込み実技をした。

(二)  本件事故日前の同年六月二二日・二五日にも、同様の授業が行われ、原告は、逆飛び込みをしているが、プールの底に体が当たつたことはない。

しかも、逆飛び込みは、既にみたとおり原告には学校での授業を待つまでもないものであつたが、それはそれとして、原告らが五年生であつたときから、能力ある者には、次のような段階を経て許され、行われていた。即ち、飛込実技として、①プールサイド下のオーバーフロー壁天端部に腰をかけ、そのまま飛び込む、②右オーバーフロー部から立てひざ様の姿勢をとつて飛び込む、③右オーバーフロー又はプールサイドから中腰様の姿勢をとつて飛び込む、④飛込台から飛び込む(逆飛び込)という段階順に進み、④の逆飛び込みは、原告のように能力があり、希望するものに許されていたのである。もちろん、前記飛込みについての教示及び実演しての指導もされた。五年生の授業で事故はなかつた。

(三)  ところで、本件事故当日は、柳原教諭が東側のプールサイド上のやや南寄り地点で、玉田教諭が北側のプールサイド上の中央部で、森川・泉両教諭が西側プールサイド上の北寄り地点で各監視していた。自信があり、希望して許された児童が、南側の六個の飛込台から六名ずつ、柳原教諭の笛を合図に、一せいに逆飛び込みをした。教諭らは、悪ふざけをする児童がいないか、飛び込んだのち水面上に上がつてくるときの状態に異常はないか等には注意していたが、飛込時の個々の姿勢を注視し確実に把握することまではしていなかつた。以前えび飛び込み類似の飛込みをした児童があつたが、注意したのちはこれもみられなくなつたので、安心したことも手伝つていた。

このようなわけで、西端の飛込台から飛び込んだ原告の飛込み姿勢も教諭らは誰もみていなかつた。異常に気付いたのは、柳原教諭で、児童にプール内では絶対後退するなと注意していたのに、飛込み後水面に出た原告が五、六m地点から立ち上がつて戻り始めるのを認めたからである。同教諭は直ちにプールに飛び込んで原告のところに行つた。同教諭が原告のもとにきたとき、原告は、自分でプールサイドに上がろうとしており、同教諭は原告をプールサイド上に押し上げて更衣室に運び、ついで、同室からタンカーで保健室に運んだのち、救急車で医療法人徳州会野崎病院に搬送した。その際、原告は、痛い、痛い、とはいつていたが、教諭らには頭部・顔面のいずれにも外傷らしいものは見つからなかつた。しかし、右徳州会野崎病院で診断の結果、頭部打撲、第五・六頸椎圧迫骨折、頸髄不全麻痺等の損傷を受けていることが判明した。

(三)  右のとおり、各教諭らは原告の飛込時の姿勢をみていないが、原告担任の高橋教諭が、その後他の児童らに情況を聞いたところ、近くでみていたという男子児童が、えび飛込みであつた、と話した。他に、原告がスイミングスクールで矢張りえび飛び込みをして注意されたということも耳にした。この注意されたことは、児童らからのみでなく、事故前日校長・教頭と会つた原告の父も話の中でいつていた。

2 右認定の事実と前認定の二1(二)の事実によると、えび飛び込みは、習熟した競泳選手らによつて行われている高度な技術を要するもので、失敗するとプールの深度によつてはその底部と衝突するおそれが多く、このため、スイミングスクールでは高度の習熟者にのみこれを許し、他には禁じていたこと、原告は、小学校三年生のときからスイミングスクールに通い、本件事故が発生した六月には自由形の種目で名古屋の競泳大会に出場するほどまでになつてはいたが、スイミングスクールで右飛込みの指導を受けうるまでの技能には到底達せず、にもかかわらず、つい、右飛込みを真似て飛び込み、見つかつて注意されたこと、もちろん、四条北小学校では右飛込みを禁じ、原告らの水泳授業の際に類似の飛込みをした児童が注意を受けたことがあること、逆飛び込みは、原告らが五年生のときから既に実技もし、事故のあつた六年時にも、事故前の授業時には、原告や原告より背が5、6cm高い四、五名を含む多数の児童がこれを行い、事故当日も同様で、しかも、事故当日の原告を除き、何ら事故が生じえなかつたこと、原告の本件事故時の飛込みをみたというある男子児童から、高橋教諭は、えび飛び込みであつたと聞いていることが認められること、及び原告の受傷の部位・程度から推して、頭部をプールの底に打ちつけたことによるものと思われ、これは入水時に相当大きな角度の姿勢であつたため、水中に深く入り過ぎたことによるものと推測され、しかも、原告の習熟度等からすると、逆飛び込みでこのような失敗をすることは先ず考えられないことからみて、右児童の言には信ぴよう性があること等の諸事情を勘案すると、原告はえび飛び込みをして失敗し、プールの底に頭部を打ちつけたものと推認される。

ところで、証人有村浩二は、原告は、えび飛び込みでなく、奇麗なフォームで飛び込んだ、と供述する。しかし、同証人は、東側プールサイド上の水際南端(この南端に接する南側プールサイド上(東西)に六個の飛込台があり、原告は西端の飛込台から飛び込んだこと、前認定のとおりである。)から約三m北方地点で水面に向つて腰をかけ、飛込台の方をみていたが、全体的にみていて、特に原告を注視していたものではなく、原告の方をちよつとみた際奇麗だなと思い、直ぐ他に視線を移したので、その飛込み角度もわからない旨供述する状態で、結局、肝要な点は総じてあいまい模ことなる始末で、このような状態の同証人の右供述はにわかに採用できない。

なお、本件各教諭らによる事故当日の監視体制には前認定のとおり十全とはいいがたいものがある。しかし、このことと、本件事故発生との間には相当因果関係がない。その理由は次のとおりである。即ち、既にみたとおり、逆飛び込み自体についての注意指導は十分行われ、また、えび飛び込みは危険なため禁じられていたのである。しかも、原告は、もともと逆飛び込みについては右注意等を改めて受けるまでもなく、既に習熟し、えび飛び込みが危険で禁じられていることも熟知していた。小学生とはいえ、当時、原告は六年生で、是非を弁別し、これに従つて行動する能力に欠けるところもなかつたからである。

右のとおりで、原告の本件事故による受傷は、原告自身の責めに帰すべきもので、被告にその責めを問いうべきものではない。

そうすると、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四したがつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官和田 功)

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